赤穂浪士四十七士の生き残りとして知られる寺坂吉右衛門。この度、彼を主人公に据えた歴史小説が出版されました。本作には寺坂の幼少期から吉良邸討ち入り、石見の地にて刺客との決闘に及ぶまでが描かれています。なお、作中では忠臣蔵と津和野藩の意外な接点も明らかにされています。忠臣蔵ファンの方、歴史小説好きな方は是非、書店にてお求めください。 

■著者:佐々木 衛

■発行:ハーベスト出版

■定価:各巻1,600円(税別)

■書評:郷土史家・山岡浩二 (平成30年2月11日 山陰中央新報にて掲載)

 いわゆる「赤穂事件」は元禄14(1701)年3月の刃傷沙汰から、翌年12月の吉良邸討ち入り、そして実行者が切腹するまでの一連の事件だ。一般には史実よりも浄瑠璃など大衆文芸として流布した。本書は赤穂事件の「寺坂吉右衛門問題」に光を当てた。寺坂吉右衛門は、討ち入りに加わった唯一の足軽で、泉岳寺には現れず失踪したとされる。諸説ある理由のうち、本書は大石内蔵助からの密命説に基づく。筆者は本書に二つの大きな特色をみる。一つは寺坂の幼少期を丹念に書き込んでいる点だ。寺坂の人生観が一筋の線として描かれているが、それをより確固と感じさせるのは、小太郎(寺坂の幼名)時代に遡って描いた着眼が奏功しているからだと感ずる。堂々とそびえている大木を強い根がしっかりと支えているようだ。もう一つは寺坂の諸国行脚の舞台として、石見をクローズアップしている点だ。寺坂が行脚した伝説は国内各地に残り、それを示すように寺坂の墓や庵跡は、北は仙台から南は鹿児島まで、少なくとも7カ所以上あるとされる。これは、一種の貴種流離譚だろう。元禄の英雄である四十七士に生き残りがいたことを知った民衆は、ならば、彼が自分の身近に現れても不思議ではない、現れてほしい、と期待を抱き、流離譚を生んだ。それを踏まえて著者は、小説冒頭や後半の主舞台に石見を選び、クライマックスの決闘シーンも江津黒松に設定している。なお、寺坂の墓は石見だけでも2カ所あり、これが著書が石見を選んだ理由の一つかもしれない。本書は石見を明るく描いている印象がある。寺坂問題は史実・文学を問わず、どこか悲壮感を伴うことが多い中、読後感が一種さわやかなのは、この「明るい石見」が要因の一つであろう。本書は「寺坂もの」であると同時に新しく誕生した「石見小説」だと解釈したい。