ようこそ、歴史と城下町の町並み〜山陰の小京都へ

桑原史成写真美術館展示情報

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住所 〒699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田イ71-2 TEL 0856-72-3171
公式サイト http://www.town.tsuwano.lg.jp/kuwabara_photo/index.html 営業時間 9:00~17:00(入館~16:45)
定休日 4月、7月、10月、1月の第3木曜日(展示替えのため) 駐車場 駅前町営駐車場もしくは施設前駐車場
入館料 一般300円 中高生150円 小学生100円 
団体(20名以上)一般200円 中高生100円 小学生80円
※障害者手帳又は療育手帳持参で本人とその介護者1名無料
設備 障害者用スロープ・トイレ
※観光協会案内窓口併設

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 ぼくが韓国に初めて入国したのは、1964年7月14日であったのと記憶している。JALのジェット機・コンベア880で、金浦空港は漢江のほとりにあった。海外渡航は最初のことで、緊張を覚えながら入国手続きの場に進んだ。当時、27歳であった。
 その頃、韓国と日本との間には国交が絶えていて、不安感を抱かなかったとは言い切れない。空港からソウル市内に向かう道路は未舗装で車は砂塵を舞い上げ て走っていた。国交が回復したのは翌年1965年のことである。この時から隣国・韓国との関わりが奇しくも、ちょうど50年の歳月を過ぎる。写真家にとっ ての取材テーマは『韓国』で60年代の数年間で終了するものと考えていた。しかし、分断国家の韓国はフォト・ジャーナリストという職分にとって取材欲を注 る超怒級の内容(素材)があって、また不思議なほどの魅力が歴史の風土であることを知った。それ以降、断続的ではあるが「韓国」をライフ・ワークとして取 り組むことになった。
 このたびの写真展は、一人の貧しい写真家が垣間見た、ささやかな韓国の記録写真である。この50年間の韓国の歴史を、個人的な表現でのべれば、一言で“激動の韓国”であったといいたい。
 1960年代半ばの韓国は、動乱の後で経済は渡幣しきっていた。ぼくが目撃した1965年は日本との国交会議を屈辱外交として大学生たちの激し反日デモが首都圏で続いた。この年(1965年)の秋には、有史以来はじめてとされる。韓国軍のベトナム派兵が実施された。
 1970年代からは急速な経済の高度成長と少し歳月をおいて労働運動と共に激しい民主化運動が胎動し始めた。
 ぼくの韓国取材は、先にも述べたように断続的な写真記録にすぎないが、分断国家の韓国が汗と涙と血で葛藤してきた壮絶な半世紀であったと考える。今年は ベトナムへの青龍旅団と猛虎師団の派遣から50年、さらに韓国国交の回復から50年の節目にあるために、私はあえてソウルと日本の写真展を企画した次第で ある。
 ご高覧、ありがとうございます。

                                                                                    報道写真家 桑原史成

 

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